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あるひ
或る日
宮本 百合子
「愛国婦人」1925(大正14)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,119 字 · 21 页
本当にまあ!」
彼女は、丁寧に辞宜をした。
「有難うございます」
そして、下げた頭をそのまま後じさりに扉をしめ、がちゃりと把手を元に戻して立ち去った。
部屋は再び静になった。
彼は始めてのうのうとした心持になった。「ああああ、さてこれで当分、怒っていいのか笑っていいのか、顔を見る毎に苛々するあの婆さんには、会わないですむ」四辺の静寂が四箇月ぶりで、彼に温泉のように甘美なものに感じられた。
うっとりとした彼の目には、拭きこんだ硝子越しに、葉をふるい落した冬の欅の優美な細枝が、くっきり青空に浮いているのが見えた。ほんの僅かな白雲が微に流れて端の枝を掠め、次の枝の陰になり、繊細な黒レースのような真中の濃い網めを通って彼方にゆく。
庭の隅でカサカサ、八ツ手か何かが戦ぐ音がした。
チュッチュッ! チー チュック チー。……
暖い日向は、白い寝台掛布の裾を五寸ばかり眩ゆい光に燦めかせて窓際の床の一部に漂っている。
彼は明るさや、静けさ暖かさの故で平和な、楽しい感情に満された。今日が降誕祭だと云うことも、宴会を断ったことも、彼自身が病気だと云うことさえも苦にならなくなって来た。