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あるおとこのしゅき

或る男の手記

豊島 与志雄

「中央公論」1924(大正13)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 43,279 字 · 86 页

青空文庫

」と私は落着いた調子で答えた。「なるほど、お前が松本君をすすめて僕の方へも見せに来さしたんだね。お蔭で僕はすっかり安心したよ。」

「安心ですって! まあ何て恥知らずな卑劣な……。私もうあなたの顔を見るのも厭です!」

そして彼女は物に慴えたように肩をぴくりとさして、向うへ行ってしまった。

俺が死んだら彼女はどう思うだろう、と想像して私は微笑を洩した。俺にだって死ねないとは眼らない! そして私はいろんな自殺の方法を考えて見た。首を縊る……毒を飲む……頸動脈を断ち切る……頭か心臓かに拳銃を打ち込む……然しどれも面白くなかった。もしその瞬間に死ぬのが厭になってももう間に合わない。生きるも死ぬるも自由な方法が私には必要だった。いろいろ考えているうちに、ふといいことを思い出した。手首の動脈を切って徐々に貧血してゆく死に方は非常に快いものだと、何かで読むか聞くかしたことがあった。これだと私は思った。生きたくなれば出血を止めればいいし、やはり死にたければそのままにしておけばいい。そしてその方法を頭の中でこね廻しているうちに、私は湯槽の中でやってみようときめた。死んだ場合に余り醜くないように、身体をよく洗っておいて、褌をしめて、それから剃刀で手首の動脈を切って……大して痛くもないだろう……それを湯の中につけておけば、出血が