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あるそびょう
或る素描
豊島 与志雄
「新潮」1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,802 字 · 24 页
三月の末の午後二時頃のことだった。春陽がうららかに射してはいたけれど、まだ大気が冷くて木の芽もふくらんでいなかった。それなのに、肺炎だという彼の母親は、障子を開け放した室に寝ていて、彼は縁先の庭に跣足でつっ立っていた。
「やあ、今すぐだから、一寸待っててくれ給え。」
そして彼は、恐らく午前中から初めたらしい庭弄りを、不器用な手先でまたやり出した。私は障子を閉め切り、火鉢に炭をついで湯気を立たせ、母親と少しばかり話をし、それから寝転んで、新聞や雑誌をくり拡げ、時々障子の腰硝子から彼の方を覗いてみた。
庭といっても、七八坪の狭いものだったが、植込や配石など相当に拵えられていた。それを彼は、跣足になり裾をからげ、シャベルや鍬や鋏を持ち出して、やたらにかき廻していた。大きな石を据え直したり、木を植え直したり、それをまた何度もやり直したり、石のまわりの竜髭を取除いてみたり、再び植えつけてみたり、それから庭の隅に穴を掘って、その土で或る部分に土盛りをし、足で丹念に踏み固めたりして、今すぐだというその仕事が、永遠に終りそうもなかった。
仕事の合間には一寸縁側に腰を下して来て、泥の手で煙草を吸いながら、室の中に声をかけた。