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せんじょう

戦場

夢野 久作

「改造」改造社、1936(昭和11)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,769 字 · 51 页

青空文庫

大佐はそれから何か考え考え腰を曲めて、携帯電燈の射光を候補生の眼に向けた。私と同様に血塗れになった、拇指と食指で、真白に貧血している候補生の眼瞼を引っぱり開けた。繰返し繰返し電燈を点滅したり、候補生の上衣のボタンを引っくり返して、そこに縫い付けて在る姓名を読んだりしていたが、その中に突然、その候補生の窶れた、柔らかい横頬を平手で力一パイ……ピシャリッ……と喰らわせたのには驚いた。そうして今二つ三つ烈しい殴打を受けて、声も立て得ずに両手を顔に当てたまま、手足を縮め込んでいる候補生の軍服の襟首を右手でムズと掴みながら、

「立てッ……エエ。立てと云うに……立たんかッ……」

と大喝するのであった。

私は昨日の昼間のワルデルゼイ司令官の言葉を思い出した。それは、

……死んだ奴は魂だけでも戦線へ逐い返せ!

という宣言であったが、それ程の切羽つまった現在の戦況であるにしても、これは又、何という残酷な事をするのだろうと慄え上っていると、又も更に驚いた事には、その候補生が自分の膝を、泥と血だらけの両手に掴んで、美しい顔を歪めるだけ歪めて、絶大の苦痛を忍びながらヨタヨタと立上った事であった。