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せんごしんじんろん
戦後新人論
「文藝春秋 第二七巻第一一号」1949(昭和24)年11月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,363 字 · 15 页
まして、勝負のつけようのない他の芸能界に於ては、マカ不思議な批評の仕方や、迷信的評価規準が横行するのは仕方がないかも知れない。
五代目はうまかった。円朝はどうだ、小さんがどうだ、今の奴はなっていない、と云う見識のない老人はみんなこう云いたがるもので、五代目や円朝、小さんの生きていたころの老人は、さらに一昔前をなつかしがって、その現代を軽蔑したに極っている。
老人というものは、昔の時代に生きていて、現代には生きていないものであるから、そう云うのが当然で、つまり現代から捨てられ見放されている残骸にすぎない。
安藤鶴夫氏は趣味家で、失われたものゝ良さを現代に伝えてくれる有難い人であるが、わりに老人めいたグチがなく、識見の底が広いようでいて、やっぱり濁りがある。現代に生きていないのである。
法隆寺は今日では最も幽玄な芸術的遺物であるが、その造られた当初に於ては、俗衆の目を見はらせてアッと感嘆せしめるために、人力の限りをつくして、当時最大の豪奢を狙い、華美をつくしたもので、日光の東照宮の造営精神と異るところはなく、雅叙園の建築精神と異るところもない。
落語とても、本来はそうで、八ッつぁん熊さんが粋がっているのも、当時の新流行で、今日の青年がジャズに興ずる如く、当時の青年の生活がそこに実存していたにすぎないのである