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ぬきうちししべえ
抜打ち獅子兵衛
山本 周五郎
「講談雑誌」大日本雄辯會講談社、1940(昭和15)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,930 字 · 24 页
……それが、今度は大胆にも江戸のまん中ともいうべき両国広小路であるし当人というのが躯つきこそ逞しく堂々としているが、年も若く、色白で眉の濃いなかなかの美丈夫だったから、その人気たるやすばらしいものであった。
しかも恐ろしく強い。
高札が立ってから十日のあいだ、評判を聞いて試合を挑みにきた者の数は、武家や町人を加えて五十人をはるかに越えているが、まだかつていちども勝った者がない。勝たないばかりではなくて、たいていは身構えするかしないという暇に、打ち込まれてしまうのである。
――ぬきうち獅子兵衛。
おそらく偽名であろうが『ぬきうち』という点だけはまさに偽のないところであった。
彼は今日五人まで勝って、いま床几に腰を掛けたまま、脇に置いた樽から悠然と柄杓で酒を呷りつけていた。……方四間ほどに縄を張った周囲は、黒山のような見物人の垣で、向うの見世物小屋でやけに囃したてる人寄せの三味線太鼓が、いたずらに大川の鴎たちを驚かしているのは皮肉であった。
午さがり、三時頃のことである。
「道をあけい、通る者じゃ」
そう云いながら、人垣を押分けて一人の武士が進み出てきた。