轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
だきみょうがのせつ
抱茗荷の説
山本 禾太郎
「ぷろふいる」1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,330 字 · 34 页
そんな遍路が泊まったとき母は気味がわるい、怖いといって奥の間にひっこんだまま出て来なかったそうである。
こう言うと、祖母の寝物語はたいへん順序だっているようであるが、祖母の話は、こんなに順序が立っていたのではなく、機にふれ、時に従ってきれぎれに語られたもので、それも、君子がものごころのつく頃に多くは寝床のなかで聞いた話であるから、いまでは遠い記憶のかなたにかすんでしまって、その話のきれぎれが、まるで夢物語のようにしか思い出せない。しかし、君子にとってはたとえそれが掘っ立て小屋の陋屋ではあっても、祖母と二人で暮した当時の楽しい思い出である。記憶のかなたにうすれようとする、祖母の話の一つ一つを自らの想像でおぎない、今ではそれが立派な事実であったかのように君子の心のうちに成長している。たとえば、美しい尼僧の遍路と話をしている父の姿や、その傍らに坐って静かにそれを聞いている母の姿、尼遍路の顔などが、まるで映画でも見るようにはっきりと思い浮かぶのである。
父の死んだ、いや、殺されたと言った方が正しい、その日は二人の遍路が泊まっていた。一人は年の頃六十二、三の老婆であったか、黒い毛の一本も見ぬ見事な白髪をざんぎりにして後ろへ撫でつけ、男を見るように丈夫そうな身体の老婆で、顔立ちも上品ではあったが、あまりに老人らしく