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おしえのきせき
押絵の奇蹟
夢野 久作
「新青年」1929(昭和4)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,749 字 · 114 页
それは熱のためばかりではないように存じます。おおかた私の生命が、もう残りすくなになっているせいで御座いましょう……とそう思いますと貴方様のお顔が一入おなつかしく、又は悲しく思い出されまして胸が一パイになるので御座います。
私の生家は福岡市の真中を流れて、博多湾に注いでおります那珂川の口の三角洲の上にありました。
その三角洲は東中洲と申しまして、博多織で名高い博多の町と、黒田様の御城下になっております福岡の町との間に挟まれておりますので、両方の町から幾つもの橋が架かっておりますが、その博多側の一番南の端にかかっております水車橋の袂の飢人地蔵様という名高いお地蔵様の横にありますのが私の生家で御座いました。その家は只今でも昔の形のままの杉の垣根に囲まれて、十七銀行のテニスコートの横に地蔵様と並んでおりますから、どなたでもお出でになればすぐにわかります。
尤も今から二十年ほど前に私たちが居りました頃の東中洲は、只今のように繁華な処でなく、ずっと西北の海岸際と、南の端の川が二つに別れている近くに一並び宛しか家がありませんでしたので、私たちの家だけは、いつもその中間の博多側の川ぶちに、菜種の花や、カボチャの花や、青い麦なぞに取り囲まれた一軒家になっておりましたことを、古いお方は御存じで御座いましょう。