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りゃくだつせられたるおとこ
掠奪せられたる男
豊島 与志雄
「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页
ただ僕自身痛切な経験をなめたので、君のためを思う老婆心から云うのです。僕はもうあの女には少しも心を残してはいません。やりたいことをやらして勝手に放任しているのです。ただ生活上の保証だけは与えてやっています。これからもあの女が拒まない限り、物質上の不自由はさせないつもりです。僕にもそれ位の意地はあるですから、このことは諒として貰いたいです。……ただ僕は君の身が気遣われるのです。君にもあの女はどんな者だか大凡分ってはいるでしょうが、よく反省しないととんだ目に逢うことがあるのです。全くの老婆心だが、君がまだ本心を失わないでいるなら、よく考えられるようにお勧めしたいです。」
伊藤はそこまで云って立ち止った。
「仰言ることはそれだけですか。」と山田は吐き出すように云った。
二人は又互いに相手の眼の中を凝視した。一瞬間緊張した沈黙が続いた。と山田はふいに云った。「御忠告はありがたく受けます。然し私にも少し考えがありますから、何れ御返事は後で致しましょう。それに少し急ぎますから、今日はこれで失礼します。」
そして彼はくるりと伊藤に背を向けて歩き去った。彼は背中に伊藤の視線を感じたが、ふり返りもしなかった。