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りゃくだつせられたるおとこ
掠奪せられたる男
豊島 与志雄
「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页
何か強暴な力が彼をただ前へ前へと押し進めた。
山田は、暫く行くとふり返った。其処にはただ静かな夜の裏通りがあるのみだった。彼は強く頭をうち振ってまた歩き出した。電車通りに出たり、裏町にはいり込んだりした。そして歩いてるうちに、いつしか彼の頭は夢の中に居るようなぼんやりした痴呆状態に陥っていた。ふと気がつくと、彼は足の運動につれて、口の中で機械的に「はらだ、はらだ、はらだ」とくり返していた。原田というのは途中で見た或る表札の名前であった。その時彼は、妙な身振りをした。何か眼の前のものを払いのけようとでもするかのようであった。そして自ら「馬鹿!」と声に出して叫んだ。彼はまた歩き出した。そして此度は「ばか、ばか、ばか、」と口の中で足の運動に合して機械的に云っていた。
その晩、彼は秀子の家に寄らずに、遅く下宿に帰って、蒲団の中に倒れるようにはいり込んだ。
八月三日、山田はその午後、どしりと頭から打撃を被った。「動員アリ七日朝マデニ入営セヨ。」そういう電報を彼の国許の父から受取った。
山田は電報の紙片を見つめながら、惘然としてしまった。巨大な岩石の下に押し潰されたような心地がした。