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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

彼にしてこゝでもう少し理性を働かして、否認すべきは否認し、肯定すべきものは肯定する態度に出たら、何とか判官の心証を動かして、事件を容易に片づける事が出来たかも知れぬ。彼の不敵の魂は一旦こうと決心したら容易に動かぬのである。彼の善心と云おうか仏性と云おうか、兎に角彼の心境のうちにある良心は神楽坂署の署長室の自白に一旦眼覚めかけたのであるが、昼尚暗い独房のうちに二十日間押し込められているうちに、再び彼の悪心が跳梁を初め、遂に完全に支倉の肉体を征服して終って、こゝに彼は再び昔日の支倉喜平に帰ったのであるまいか。何にしても徹頭徹尾否認の態度に出たのは不可思議千万である。

問 被告は小林定次郎に貞を意思に反して姦したる旨の詫状を入れてはないか。

答 どうであったか分りませぬ。

問 無理に犯したことは相違ないか。

答 どうであったか、宜しき様願います。

問 被告は貞を赤坂の順天堂病院に診せる考えを抱いたのか。

答 左様な事は警察の人が云わせた事で私は分りませぬ。

問 然らば前回被告が述べたごとく貞を井戸に入れた点はどうじゃ。

古我判事は鋭き一問を発した。

古我判事から貞を井戸に投じたと云う自白はどうだと、鋭く突っ込まれた支倉は恐れる色もなく答えた。