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はせくらじけん
支倉事件
甲賀 三郎
「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页
然し、彼の書信或いは上願書の類を見ると、彼は決して狂気とは思えない。却々計画的な所があり、理路も時に辻棲の合わない事はあるが、多くは整然として乱れていない。庄司氏を罵って姦謀(官房)主事と称えたなどはその一つの現われで、官憲も狂人としては扱わなかった所以である。
さて、大正十三年四月二日は公判準備調べに止まり、ほんの小手調べに過ぎなかったが、この時能勢弁護士は、
「被告を検挙した責任者であり、且つ被告と神戸との間の往復文書並びに神戸の提出した書状の行方について知悉している当時の神楽坂警察署長庄司利喜太郎を喚問して、書状の件並びに被告の自白に至った径路につき御訊問が願いたい」
と申請した。
庄司氏を法廷に呼び出して思う存分聞いて見たいと云うのが、支倉年来の望みで、能勢弁護士も亦策戦上之を必要と認めて、従来機会ある毎に彼の喚問を申請したのであるが、庄司氏は署長より後に警視庁に入り、官房主事となり、転じて警務部長の要職を占め、多忙を極めていたので、そう云う事が理由になったのか、それとも実際必要を認めなかったのか、いつも極って却下せられるのだった。が、今は故あって庄司氏は警務部長を辞し野にあったので、機会は好しと能勢氏は同氏の喚問を求めたのだった。