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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

「お帰り」

お篠は台所から声をかけた。

浅田はどっかと火鉢の前に腰を下すと、

「お篠」

と不機嫌な声で呼んだ。

「なんですか」

お篠は前掛で濡れた手を拭きながら現われた。

「今度来た書生には気をつけろ」

浅田は低い力の籠った声で、お篠の顔をじっと見ながら云った。

「何ですって」

「俺の留守なんかに、ペチャクチャ詰らん事をあいつに話すなと云うんだ」

「な、何ですって」

お篠は顔色を変えた。

「私がいつペチャクチャ詰らん事を話しました」

「話したとは云やしない。話すなと云うんだ」

「人を馬鹿にしている」

お篠は呶鳴り出した。

「手前こそ用もないのに支倉の奥さんの所へ行って、ペチャクチャ喋ってばかりいる癖に」

「おい/\、大きな声を出すな」

「大きな声で云われていけないような事を何故するんだ」

お篠は未だ怒号を止めない。

「そして人の事ばかり云ってやがる。私が何をしたと云うんだ」

「おい/\、勘違いをしちゃいけないぜ」

浅田は困ったような顔をして宥めた。

「俺はたゞ岸本に気をつけろと云ったきりだよ」

「大きにお世話だよ。私が何をしようと」

お篠は顔を脹らした。

浅田は苦笑いをしながら、どうやらお篠を宥めると、夕食をすませて二階に上った。