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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

らしいな、あゝ、写真館だ、さては松下一郎と云う奴は写真館にいるのだ。何写真館かしら。あゝ、たしかに『内』と云う字は読めるのだが、山内かしら大内かしら、うむ、『本』『川』『町』『内』写真館、あゝ、どうかしてもう少し読めないかな」

岸本がいら/\しながら吸取紙を眺めていると、下でお篠の呼ぶ声がした。

「岸本さん、岸本さーん」

「ちょっ困るな」

岸本は地団駄を踏んで、吸取紙を横睥みに睨んで、おかみの呼ぶ声に気を取られながら、腹立たしそうに呟いた。

「岸本さん」

お篠はそう呼びながらミシ/\音をさせて二階に上って来た様子。岸本は残念ながらつと机の傍を離れて梯子段の口許に近寄った。

「何ですか、おかみさん」

「何をしてるの、岸本さん」

「別に何にも」

「そう」

漸く上りついたおかみは岸本の顔を見上げながら、

「主人が何か云ったかい」

「いゝえ、何にも」

「そう。そんなら好いけれど」

「何ですか、おかみさん。先生は少し可笑しいですぜ」

「どうして?」

「どうしてたって、秘密に手紙をやりとりして居られますぜ」

「本当かい」

「本当ですとも、松下一郎って男名前で来るんですけれども、返辞はきっと先生自身でポストへ投げ込まれるのですよ。