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ほうろうのやど

放浪の宿

里村 欣三

「改造」1927(昭和2)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,066 字 · 28 页

青空文庫

忽ち蠅の群が、かすかな唸り声をあげて襲いかかった。

「ごめん下さい」

素裸の男が黙って顔をあげた。髭の濃い、だが穏かな面構の四十男で、ひどいトラホームを患っていると見えて、赤く爛れた脂っぽい眼付で、股の間に拡げた猿又の虱を潰していた。

「何処から来た。兄イ!」

その男は無表情な口のきき方をした。

「ええ、奉天から……」

「歩いてか?」

「ええ……」

男は再び無感動な動作で、虱を潰し始めた。が、ふと、「その兄イも一昨日大連から歩いて来たんだ」と、言って頤をしゃくって見せた。「二日三晩まるで死屍みたいに寝通しなんだ」

そう云ってまた、彼は無感動な顔付をした。その男の肱の向うに、その通りの青年が寝汗をかいて腹這ったままで眠むり落ちていた。黒々と日焼けのした顔は蒼白いむくれが来ていた。もういい加減に叩き起さなければ!

若者はごろりと横になった。眼の凹むのを覚えた。

「飯は食ったか?」また男が問いかけた。

「いいえ、昨日から……」若者は情けない表情をした。

「そうか。そこの新聞紙をめくって見ろよ。胡瓜と黒パンがあらあな」

若者は咽喉から手が出るほど、飛びつきたかったが、もじもじせずにはいられなかった。