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ほうろうき(しょしゅつ)

放浪記(初出)

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 103,349 字 · 207 页

青空文庫

」

何と不安もなく、その娘は、漠々とした風景の中のたった一ツの赤い唇に、うすむらさきの、なぎなたほうずきを、クリイ、クリイ鳴らしながら、私を連れて後へ引返してくれた。

日在浜のはずれ、丁度長者町にかゝった、砂浜の小さな破船のような茶屋である。

此茶屋の老夫婦は、気持ちよく風呂をわかしてくれたりした。

こんな延々と、自然のまゝの姿で生きていられる世界もある。

私は、都のあの荒れた酒場の空気を思い出すさえおそろしく思った。天井には、何の魚の尻尾か、かさかさに乾いたのが張りつけてある。

此部屋の灯も暗らければ、此旅の女の心も暗い。

何もかも事足りなくて、あんなに憧憬れていた裏日本の秋も見る事が出来なかったが、此外房州は、裏日本よりも大まかな気がする。市振から親不知へかけての民家の屋根に、沢庵石のようなものが、ゴロゴロ置いてあったのや、線路の上まで、白いしぶきのかゝるあの蒼茫たる風景、崩れた崖の上に、紅々と空に突きさしていたあざみの花、皆何年か前のなつかしい思い出だ。

私は磯臭い蒲団にもぐり込むと、バスケットから、コロロホルムのびんを出して、一二滴ハンカチに落した。