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ほうろうき(しょしゅつ)
放浪記(初出)
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 103,349 字 · 207 页
大きく息を吸うともう春だ。この風には、遠い遠い思い出がある。
舗道は灯だ。人の洪水だ。
瀬戸物屋の前には、うらぶれた大学生が、計算記を売っている。
「諸君! 何万何千何百に、何千何百何十加えればいくらになる。皆判らんか、よくもこんなに馬鹿がそろったものだ。」
高飛車に出る、こんな商売も面白いものだな。
お上品な奥様が、猿股を弐拾分も捻って、たった一ツ買って行く。
お母さんが弁当持って来る。
暖かになると、妙に汚れが目にたつ、お母さんの着物も、さゝくれて来た。木綿を一反買ってあげよう。
「私が少し変るから、お前御飯お上り。」
お新香に竹輪の煮つけが、瀬戸の重ね鉢にはいっている。舗道に脊をむけて食べていると、万年筆屋の姉さんが、
「そこにもある、こゝにもあると云う品物ではござりません。お手に取って御覧下さいまし。」
私はふっと塩ぱい涙がこぼれた。
母はやっと一息ついた今の生活が嬉しいのか、小声で時代色のついた昔の唄をうたっている。
たったったっ田の中で……
九州へ行っている父さんさえこれでよくなったら、当分はお母さんの唄でないが、たったかたのただ。
四月×日