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ほうろうき(しょしゅつ)

放浪記(初出)

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 103,349 字 · 207 页

青空文庫

どこともなく老いて憔悴している母が、第一番に言った言葉は、

「待っちょったけん! わしも気がこもうなって……。」

キラキラ涙ぐんでいた。

今夜は海の祭、おしょうろ流しの夜だ。

夕方東の窓を指さして、母が私を呼ぶ。

「可哀そうだのう、むごかのう……。」

二十号大に区切った窓の風景の中に、朝鮮牛がキリキリぶらさがっている。鰯雲がむくむくしている波止場の上に、ドカンと突き揚った黒い起重機! その頂点には一匹の朝鮮牛が、四足をつっぱって、ヴァウ! ヴァウ唸っていた。

「あいば見ると、食べられんのう……。」

雲の上にぶらさがってあの牛は、二三日の内に屠殺されて、紫の印を押される事を考えているのか知ら……それとも故郷の事を、友達の事を……。

視野を下に降ろすと、古綿のような牛の群が、甲板の檻の中で唸っている。

鰯雲が、かたくりのように筋を引くと、牛の群も去り起重機も腕を降ろして夕べの月仄かな海の上に、もう二ツ三ツおしょうろ船が流れていた。

火を燃やしながら、美し紙船が、涯木を離れて沖へ出た。

港には古風な伝馬が密集している。火の紙船が、月の様に流れ行く。

「牛を食ったり、おしょうろを流したり、人間も矛盾が多いんですねお母さん。