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ほうろうき(しょしゅつ)
放浪記(初出)
林 芙美子
「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 103,349 字 · 207 页
長い事、私達は情熱の克服に務めた。
脊の高い吉田さんの影が門から消えると、私は蚊帳を胸に抱いたまゝ泣き濡れてしまった。あゝ私にはあまりに別れた男の思い出が生々しかったもの……私は別れた男の名を呼ぶと、まるで手におえない我まゝ娘のようにワッと声を上げた。
六月×日
今日は隣りの八畳の部屋に別れた男の友人の五十里さんが越して来る日だ。
私は何故か、あの男の魂胆がありそうな気がして、不安だった。
飯屋へ行く路、お地蔵様へ線香を買って上げる。帰って髪を洗うと、さっぱりした気持ちで、団子坂の静栄さんの下宿へ行く。
「二人」と云う詩のパンフレットが出来ている筈だったので元気で坂をかけ上った。
窓の青いカーテンをそっとめくって、いつものように窓へ凭れて静栄さんと話をした。この人はいつ見ても若い。房々とした断髪をかしげて、色っぽい瞳をサンゼンと輝やかす。
夕方、静栄さんと二人、印刷屋へパンフレットを取りに行く。八頁だけど、まるで果実のように新鮮で、好ましかった。
帰えり南天堂によって、皆に一部ずゝ送る。
働いて、此パンフレットを長く続かせたい。
冷いコーヒーを呑んでいる肩を叩いて、辻潤さんが、鉢巻をゆるめながら、賛詞をあびせてくれた。