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ぶんがくにおけるこんにちのにほんてきなるもの
文学における今日の日本的なるもの
宮本 百合子
「文芸春秋」1937(昭和12)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,792 字 · 20 页
林房雄氏は、真面目な文学者評論家は当今意識的に文壇を離れたがっている、と云い、岸田国士氏は文壇が重荷になっている、と明言しておられる。そして、文学が大衆性とか指導力とかを持つようになるためには、実業家・官吏・軍人等の真面目な要求と共通するものを文壇における中心問題として二年でも三年でも提唱しつづけるということが我々の義務であるという林氏の結論が出されている。
「小説の刃は衂られなければならない」と、芸術の光背を負うて陸離たるが如くあった室生犀星氏が、近頃の抱負として「家ではよき父であり夫であり、規律を守り一家一糸をも乱さず暮したい」「対人的には朋友を信じ博愛衆に及ぼし」近衛文麿、永井柳太郎等が文学を判ろうとしている誠意に感奮して、「実行の文学」を唱え、某方面の後援によって満州へ出かけられることに誇りを感じているらしい姿も、林氏の言葉につれて読者の心に思い浮んで来るのである。
文学または思想における日本的なものの追求が近頃これらの作家達によって熱心にされている。万葉、王朝時代の精神が今日の生活に求められている。それらのことについての感想は後にふれるとして、世間普通のものの目から見ると、そのような一部の作家たちの今日の姿こそ、まことに日本的なるものの顕著な実例として、ことの成りゆきをうち眺めざるを得ない気持を