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ぶんがくせいしんとひはんせいしん
文学精神と批判精神
宮本 百合子
「法政大学新聞」1940(昭和15)年6月20日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,003 字 · 8 页
文学に関することとしての批判精神の問題とその解釈とは、この三四年来、随分特別異常な待遇をうけて来ていると思う。
今から四年ばかり前、日本には批評文学、或は文学的批評という一種の風が発生した。これまで文芸批評と云えば文学現象の客観的評価をその当然の任務として来ていたし、作家と読者とに対してその評価の責任をも明らかにしているものと思われていた。ところが、四年前のその時期頃から、批評の多くは文学現象を客観的に省察してそれへの評価を与えてゆく自身の本来の役割をみずから放棄してしまった。そして、様々の文学現象が次々と現われて来るに跟いて動いて、そのような現象のおこる動機をひとしなみに社会的・文学的必然として尊重し、結果としては現実に対する自己欺瞞の意識や擬態を正当化するようになった。作家と読者との相関のいきさつのなかに文学の動向の諸相を明らかにしてゆく現実の作用は喪われて、批評はそれを書くひとの主観の流れに応じて肆意的に自身の渦巻きを描くものとなった。批評の論理性の喪失、その随筆化ということがその頃一般の注目をひいたのも当然のことであった。
批判精神のそのような衰微が皆の注目をひきながら、その時分それの健康な道への恢復のための努力が充分されなかったという理由はどこに在っただろう。