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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

03 第三分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,353 字 · 371 页

青空文庫

太陽は爛として、町の上にあるが、どこ一軒、商売をしている家もない。ただ夜半のような風が往来を通ってゆく。

帯屋も閉まっている。酒屋の戸も閉ててある。物売りの声もしない。

――が、めずらしく、ここの一軒だけは開いていた。南之荘のと或る町辻で、軒ばを見れば、廂の低い古板に、

御かたな鞘  ぬし宗祐

と、見える。

塗師の店だった。往来に向かっている店がそのまま仕事場になっている。刀の鞘塗が主で、茶器家具などは、頼まれれば、しないこともないといったふうな主で、その主はまた、

(おもしろい変り者)

で、その看板以上、堺の町では通り者であった。変り者には違いない。

今にも戦争が始まる、織田軍が侵入してくると、昼ながら堺の殷賑もまるで墓場のようにさびれているのに、塗師の亭主だけは、きょうも漆桶と共に、ぽつねんと、薄暗い店に坐っている。

その亭主はもう五十がらみ。――と、人はいうが、もっと老人なのか、もっと若いのか、見当のつかない男で、話せば飄逸で元気で、わけて若い者をつかまえ、女ばなしなどは好きだし――風貌だけで見れば、歯は抜けているし、すこし猫背だし、魚の骨みたいに体には肉がないし、しじゅう水ッ洟はすすっているし、無精で、うす汚いこと、仕事場の漆ベラや、砥の土や、漆茶碗などと見分けのつかない程である。