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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

双葉劇団と云うのは田舎まわりの芝居なのだそうだ。女優が少ないので、もうすぐからでもけいこにかかってもいいと云った。

白いハンカチが胸ポケットからはみ出ている。何だか忘れそうな影のうすい顔だ、いやらしいものが直感で胸に来る。どんな事でもがまんはするけれど、こんな男にだまされるのは厭だ。サラリーは働き次第だと云う事だけれど、私は戸外の雨ばかり見ていた。

五銭の牛乳を二杯御ちそうして貰う。私は牛乳をわざわざ飲みたいとは思わない、揚げたてのカツレツがたべたいのだもの。

私が履歴書を出すと、その男は煙草で汚れた指で、ざっと拡げて、履歴書をポケットへしまった。履歴書よりも、この男は私の躯が必要なのかも知れない。

ボイルの浴衣に雨傘を持ったよれよれの女の姿はこの男には却って好都合なのだろう。神田の三崎町のホテルに事務所があると云うのでついて行ったけれど、出て来た女中は始めての客のような顔をしている。

事務所と云うのは空想の事務所。何もない部屋のすがたは妙に落ちつきがない。

その男は嘘ばかり云うので、私も嘘ばかり云う。世の中は味なものではございませんか。

鉛筆工場の水車の音がごっとんごっとん耳について来る。