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しんさいゆうき
新西遊記
久生 十蘭
「別冊文藝春秋 第十九号新春小説集」1950(昭和25)年12月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,654 字 · 52 页
大乗仏教が西蔵へ入ったのは七世紀頃のことで、トンミという僧が印度から大蔵の原典を持って帰って西蔵語に翻訳し、ついで蓮華上座師が仏教の密部を西蔵の原宗教に結びつけ、西蔵を中心に満洲、蒙古、シベリヤから裏海沿岸にいたる一千万の信徒をもつ西蔵仏教の基をひらいた。西蔵人は高原パミール系の印度原住民の分流であり、西蔵語なるものはトンミが梵語のランツァ体をとってつくった国語だから、西蔵大蔵の「甘珠爾」正蔵千四十四巻、「丹珠爾」続蔵四千五十八巻の二部は、よく経、律の機微をつたえ、漢訳仏教にない経論がたくさん入っている。黄寺にあった満訳大蔵も蒙古訳大蔵もみなそれの翻訳で、梵語仏典の写本の校合すら西蔵訳の助けをかりるくらいのものだから、それを持ちだすことができれば、仏教伝来千三百年にして、はじめて釈迦所説の正念に触れることができるのである。
明治廿一、二年から日露戦争のはじまるまでの十七、八年間は、かつてないほど国民的感情が昂揚し、日本人の心に国家という斬新な感情を目ざめさせた。岡本監輔の千島義会の結成から福島中佐のシベリヤ騎馬横断、郡司大尉の千島探検、野中至夫妻の富士山頂の気象観測にまで発展する愛国心のブームのなかで、進んで国家的な事業に身を捧げようという受難者型のタイプが何人かあらわれたが、なかでも玉井喜作と山口智