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しんさいゆうき
新西遊記
久生 十蘭
「別冊文藝春秋 第十九号新春小説集」1950(昭和25)年12月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,654 字 · 52 页
地図の上では、ダージリンからブータンを通って、東北へ十五、六日歩けばいいのだが、この道は、百五十年前から厳重に閉鎖されているので、ブータンの西隣りのネパールへ行き、エヴェレストにつぐ世界第五の高山、ドーラギリを二万七千尺、富士山の二倍の高さのところで突破して西蔵の西南部へ入り、東へ行くべきところを、反対に西へ西へと二百里、マナサロワールという大湖の岸を半周したところで、はじめて東に向い、氷河の溶けだした、滾りたつ激流をいくつか泳ぎわたり、海抜一万六千尺の漂石(氷河が押し出した堆石)の高原で形容を越えた苦難に苛まれながら、千二百里というたいへんな迂回路を一人で歩き通し、神戸を発ってから六年目にラッサへ入った。
衣の裾のすぼけた貧相なようすで数珠を持って立っている、黄檗山時代の写真が残っている。痩せて眼ばかり大きい、機転の閃きのない印象稀薄な風態で、どこか怯懦の感じさえある凡々とした顔つきの男が、そんな激烈な到来をしたとは思えないが、智海自身もかならず成功するとは思っていなかったようである。失敗ばかりしているくせに、いつの間にかなんとなく芽を出してしまう政治家のように、すこしも自分を信用していず、ジタバタもしていない。