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しんさいゆうき

新西遊記

久生 十蘭

「別冊文藝春秋 第十九号新春小説集」1950(昭和25)年12月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,654 字 · 52 页

青空文庫

この一世紀のあいだ、世界の一流の探検家でさえ一人も成功したものがないというのに、この青僧は事もなげに「西蔵のラッサへ入って」などというのだ。大きな子供ぐらいにしか見えない貧相な沙弥の顔を見ながら、案外、世俗的なところもあったチャンドラが、なにを考えていたか想像に難くない。

狂信的なラマ教徒の独尊自大はともかく、日清戦争以来、清国人にとって日本人は不快な人種になり、西蔵の清国官吏の間に興清滅洋の思想がたかまっている。そんなところへ入って行ったら、どんな目に逢うか知っているのだろうか。ラッサへ入って、カンジュールを手に入れたいのだそうだが、甘珠爾(勅命訳一切経)は「経」ではなくて「仏」なのだ。北京版の甘珠爾は甘粛省敦煌の雷音寺(千仏洞)の経窟におさめられているが、毎年、五月初めの灌仏会大法要には、一切経を拝むために、青海のツァイダン王や、甘粛新彊の端郡王までが、はるばる敦煌まで出かけて行くくらいのものである。

チャンドラにすれば、この男は正気なのかと疑いたくなったろう。あまり突拍子もない話なので相手になる気もなくなった。しかしだんだん聞いてみると、狂気どころか大真面目で、放っておくと、このままラッサへ行ってしまいそうな意気込みだから、チャンドラは本気になって説得にかかった。