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たびだち
旅だち
豊島 与志雄
――近代説話――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,059 字 · 24 页
ソリが止ると、あの人はソリから降りて、同じような清冽な様子で雪の上に立っていました。暫くして、振り向いて言いました。
「もうおしまいですよ。さあ降りましょう。」
眩いがするような気持ちで、あの人に援け降ろされました。も一度ためしてみる気にはなれませんでしたから、黙って帰りました。あの人も黙っていました……。
その時の、あの人は、保科哲夫という名前でした。それを今まで忘れずにいたことが、中山敏子にはふしぎに思われるほどでした。其後彼に逢ったこともなければ、彼の噂を聞いたこともなかったのです。別れ別れに遠くに相距ってしまっていました。
それが、今になって、どうして身近に蘇ってきたのでしょうか。敏子はしみじみと瞑想に耽りました。瞑想からさめると、また秋田洋子に逢いたくなりました。
秋田洋子が勤めてる出版社は、空襲で半焼けになったビルディングにありました。掃除もよく行き届いていない広間に、大勢の人が、ごたごた込みあっていました。中山敏子は少しまごついて、扉口に佇みました。誰に案内を頼んでよいか分りませんでした。
暫くすると、洋装の洋子が飛んで来ました。
「まあ、あなただったの。