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りょかんについて

旅館について

山本 周五郎

「朝日新聞 PR版」1965(昭和40)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,912 字 · 16 页

青空文庫

そのたいていきまっている場所をさぐり廻った。およそ五十帖敷はあろうという広間の隅ずみまで、マッチをすっては捜しあるいたのだ。汗を拭き蚊を追い払いながら。

「どういうつもりだ」と私は幾たびも呟いた、「おれになにか恨みでもあるのか」

本当のところはそんななまやさしい言葉ではない、私は車夫馬丁も顔をそむけるような言葉で、ゆうべの呑んだくれのお饒舌りのおかちめんこを呪い、またも私をおいてきぼりにした三人の同伴者を罵り、そして元スイッチを捜し廻った。

「人生そのものだな」と私は怒りをなだめながら呟いた、「どこかにあることは間違いないのに、マッチをすってはうろうろと捜し廻っている、みつけたところでたかがスイッチだのに、ばかげたはなしだ」

元スイッチはみつかった。渡り廊下へかかるところの柱に、取り付けてあったのだ。御殿には電燈が明るくともり、扇風機までが唸りだした。ようやくほっとしたけれども、さて座敷に坐ってみても、その広大な広間がいっそう広く、一人ぽつんと坐っていることが、なんともばかばかしくまがぬけてみえる。

「よし」と私は呟いた、「グラビアを作ったって説明文なんか一行も書かねえぞ」