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にほんのみんしゅうと「にほんてきなるもの」

日本の民衆と「日本的なるもの」

戸坂 潤

「改造」1937(昭和12)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,821 字 · 18 页

青空文庫

観察のしっぱなしや、考察のしっぱなしでは、科学ではない。科学は観察や考察の結果を科学的な形象に表現することで、初めて仕事として実在するのであり、歴史的にも伝承されるのだ。で、こういう意味で文学はとに角一種の認識であるが、この認識という能動的な機能の一環として、道徳という観念が出て来るというのが、文学的な道徳概念ということの意義なのである。つまり之は、実在する所謂道徳のことではなくて、文学的認識に於ける、認識論上の、或いは又文芸学上の、一つの方法的なカテゴリーのことだ。世間では之をモラルとも呼んでいるのである。

さてこの文学的認識の機能上に於ける道徳だが、之が自分とか自己とか自我とか呼ばれるものと遂に離れることの出来ないのは、人の知る通りである。そしてここでいう自分とか自己とか自我とかも亦、実に認識のメカニズムにぞくする一環としての夫のことで、必ずしも個人や人間というような現実の対象のことではない。

明治以来のブルジョア文学の真髄が、この自我に就いての一種の探究であったことは、広く認められていると思う。特に夏目漱石――芥川竜之介の場合を取って見れば、確かだ。