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にほんふどうき

日本婦道記

山本 周五郎

萱笠

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,885 字 · 27 页

青空文庫

らはわっと叫びながらまつわり付いてきた、けれど彼女は放心したもののように、「あとで、あとでね……」と云いながらその手をすり抜け、妻女に買物を渡すとそのまま、自分の部屋へとじこもった。自分の部屋といっても足軽長屋のことで、僅かに手足を伸ばして寝られるだけの、ろくろく日の光もささず、薄暗くて狭い、そしてなんの道具もない荒涼たるひと間である。……小窓の下に据えた古い机は、亡くなった母の遺愛の品ということで、その机に倚るといつも母のことを思う、悲しいこと、うれしいこと、なにかあるときまって、その机に凭れて、――お母さま、と口のなかで呼びかけるのが癖だった。今あきつはその机に倚った、しかし「お母さま」とは呼びかけられなかった、呼びかけても母はそれに応えては呉れないだろう、自分の蒔いた咎が自分に返ってきたのだから、……ああ、ああと絞めつけられるように太息をつき、身もだえをしたい気持で面を掩った。

幾ら考えてもだめだ、考えるだけでは解決はつかない、そこへつき当るまでにはずいぶん苦しんだ、けれどつき当ってしまうと気持はおちつきだした。――お勝ち軍ときまれば、大三郎さまもご凱陣であろう、いずれは知れることなのだ、今のうちにすべてをうちあけて謝罪するほうがよい、お母上ならこの気持もわかって下さるだろう。