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ファルスについて
日本文化私観 坂口安吾エッセイ選
坂口安吾『日本文化私観 坂口安吾エッセイ選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:FARCE に就て、神童でなかったラムボオの詩、花田清輝論、スタンダアルの文体、大阪の反逆。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,974 字 · 47 页
坂田八段の端歩は、まさしくハッタリによって芸術自体を限定し低めてしまったバカバカしい例であり、大阪の長所はここに於て逆転し、最大の悪さとなっている。それは大阪というものの文化的自覚が、真理の場に於て自立したものではなく、東京との対立に於て自立自覚せられているからで、そこに大阪の自覚のぬけがたい二流性が存している。かかる対立によって自立せられるものは、対立の対象が一流であれ何流であれ、本人自体は亜流の低さから、まぬがれることはできない。
今日ジャーナリズムが大阪の反逆などというのは馬鹿げている。反逆は大阪の性格、大阪の伝統の如きものによって、為さるべきものではない。文学は文学本来の立場によってのみ反逆せられねばならぬ。
織田は悲しい男であった。彼はあまりにも、ふるさと、大阪を意識しすぎたのである。ありあまる才能を持ちながら、大阪に限定されてしまった。彼は坂田八段の端歩を再現しているのである。
だが我々に織田から学ぶべき大きなものが残されている。それは彼の戯作者根性ということだ。読者を面白がらせようというこの徹底した根性は、日本文学にこれほど重大な暗示であったものは近頃例がないのだが、壇上のスポットライトの織田作は神聖なる俗物ばらから嘲笑せられるばかりであった。