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そうしゅん
早春
豊島 与志雄
「苦楽」1947(昭和22)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,457 字 · 20 页
彼は……北川さんは、おれのような小僧っ子を信用して、五十円ぐらいずつ先渡ししてくれた。その五十円も無い時があった。
「今日は金がないよ。二三日して来てくれ。」
それから二三日すると、ふしぎに金が出来ていた。もっとも、おれの方でも、北川さんところでは、口銭はいっさい取らないことにしていたし、煮込み屋の親爺と同じように、掛売りの気前も見せてやった。
或る時、北川さんはおれに尋ねた。
「君は、本を読むことがあるかね。」
「そりゃあ、僕だって、ありますよ。」
「いや、本を読むのが好きかと言うんだよ。」
「好きですよ。」
そんならこれを読んでみろと言って、少年雑誌をおれにくれた。北川さんはへんに嬉しそうだった。道理で、雑誌には北川さんの名前のついてる読物がのっていた。
おれには大して面白くもなかった。だが、その中のちょっとした話には、あとで思い当ることがあった。これは大事なことで、北川さんの文章をそっくり写すといいんだが、雑誌をなくしてしまった。
話というのは、どこか山の温泉のことで、若い娘が一人、坂道の上に立っていた。坂道といっても、そこら全体が山腹で、はるかの谷間まで草原の斜面なのだ。