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はるいくたび

春いくたび

山本 周五郎

山本周五郎『春いくたび』。同一底本的分册已合并为一书。收入:春いくたび、だんまり伝九、伝四郎兄妹、峠の手毬唄、初午試合討ち、梟谷物語、武道宵節句。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 70,094 字 · 142 页

青空文庫

――おまえにはまだわかるまいが。

と兄は幼いおゆきにいった。

――日本はいま危い瀬戸際にいるのだぞ、いろいろ悪いたくらみを持った外国人が、四方八方から日本を狙っているのだ。しかも徳川幕府にはこれを防ぐ力がない、ただ一つの方法は、天子様をいただいて日本中の人間がひとつになり、力をあわせてこれにあたるほかはないんだ。

――日本中がひとつになるんだ、幕府も大名もない。全部の日本人が天子様をいただいてひとつになり、力をあわせて御国をまもるんだ。

面を正していった兄の、火のような語気が今でもおゆきの耳にありありと残っている。……兄がゆくえ知れずになった時、おゆきはまだ十歳でしかなかったが、お兄さまは死んだのではない、京へいらしったのだとすぐに思った。そして久右衛門も口ではあきらめながら、心ではやっぱり生きていることを信じているのであろう。ことにこの頃では、通りかかる旅人があるたびに弱くなった老の眼を光らせながらそれとなく見送っているのであった。

――お気の毒な父さま。

おゆきはそっとつぶやいた。おゆきにはわかっている、兄はもどりはしないのだ、王政復活のために命を投出した兄だ、新しい日本ができあがるまでは帰るはずはない。