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はるいくたび
春いくたび
山本 周五郎
山本周五郎『春いくたび』。同一底本的分册已合并为一书。收入:春いくたび、だんまり伝九、伝四郎兄妹、峠の手毬唄、初午試合討ち、梟谷物語、武道宵節句。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 70,094 字 · 142 页
店の亭主に会釈をすると、佐兵衛は辰次に手伝わせて、酔潰れている浪人を担ぎ出した。
本所蜆河岸に、梶派一刀流を指南する本山図書という剣客がいた、当時江戸十剣の内に数えられ、一町四方という広大な屋敷構えの道場には、五百人にあまる門人を有していた。ところで、本山図書には男子がなく、小浪という娘が一人なので、当然道場の跡目ということが問題になっていた。
無論、五百名の門人の多くは諸侯の家士であったが、図書のもとで子飼から育った者の中に、松林甲子雄、仁木兵馬という二人は、門中の双璧といわれ、男ぶりも腕前も群を抜いた秀才同志だった。――ことに図書は仁木兵馬を側から離さず、一にも二にも兵馬、兵馬と愛していたので、
――お嬢様の婿は仁木さんだ。
と下馬評はいつか定ってしまい、近所の者などは兵馬を指して、
――蜆河岸の若先生。
などと呼ぶようになった。
ところが、ちょうど今から三年まえ、どうしたことか仁木兵馬の姿が突然この道場から見えなくなった。図書は言葉少なに、
――武術鍛錬のため諸国修業に出した。
と語っていたが、事実はそうでないらしく、娘の小浪などは悲嘆のあまりそれから半年ほど病床についたくらいであった。