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しゅんもう
春盲
豊島 与志雄
「人間」1951(昭和26)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,296 字 · 17 页
彼女の方からは彼の家にあまり来ない。
「やっぱり、いらしたのね。」
そして簡単な握手とキス。中年の男女の爛れたような情慾はそこにない。ただなにかしら投げ出しきったような愛慕だけだ。山田は泊ってゆくこともめったにない。
そういうさなかに、事が起ってきた。
美津子は奥の八畳の室に起居している。廊下を距てた離室みたいな造りである。母屋の方に小母さんたち一家族が住んでいる。山田の所へ結び文を持ってくる少女は、小母さんの娘だ。この一家族は美津子の親戚筋に当るが、美津子がどう言いくるめたのか、山田と彼女との関係には一切干渉しないことになっている。その他の点では、同居とも下宿ともつかない大まかな共同生活である。
ところで、或る日、烈しい突風が吹き荒れたが、それから後、時折、美津子の室の天井裏に、ギーイ、ギーイと、大きな音が起るようになった。巨大な箱の中で木材を丸鋸で挽くような音である。風の吹く時に限るのだが、それも、余り強くなく弱くない風で、軒端に正面から吹きつける場合だけである。
音の原因は、誰が見調べても一向に分らなかった。古い家屋だけれど軒端に穴があいてるのではなかった。