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とけい

時計

宮本 百合子

「ペン」1937(昭和12)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,956 字 · 8 页

青空文庫

そこで、胡魔化されたのであったろうと思う。其とて、はっきりした証拠はないのであった。

時計は性に合わないらしいから、いらないわ。そう云い、又思いして、其から永年私は時計なしに暮した。私は、その良人であった人と別れた。

一九二七年の冬、ロシアへ行くときまったとき、じゃあ、餞別に一つ時計をやろう、父がそう云って、私を銀座の玉屋へつれて行った。いろいろ見て、少しいいのがよかろうと、父はモ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)アドの腕時計を一つ選んでくれた。落付いたいい趣味で、リボンも黒いのよりこれがいいと、灰色鼠のようなのをきめた。私は、その頃腕時計しかないようなので其にきめたのではあったが、本来、手頸に何かを絡めているのをこのまない。大抵の時、手からはずして、ハンドバッグに入れて、そして持って歩いているのであった。

モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へ着いて二年目、と云っても五六ヵ月経ったばかりの或る夜、私は連れの友達とオペラ劇場へ、ラ・トラビアタをききに行った。連れが、その午後銀行から受取ったばかりの札を入れて、ふくらんでいる紙入れを、クロックのところで、一つの外ポケットから内ポケットへしまい替えた。