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とけい

時計

宮本 百合子

「ペン」1937(昭和12)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,956 字 · 8 页

青空文庫

ベルリッツのロシア語教課書に、そのような言葉はなかったのであった。私は日本語で思わず、畜生! と口走って人ごみをかきわけたが、やっと出口まで辿りついた時どこにもその小僧の素ばしっこい姿は見当らない。こうして私は第三回目に時計を失ったのである。

その時の秋、宮島幹之助氏がジェネ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)への途中モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へよられた。宮島氏と父とは同郷であり、親しかったので、私は自分の下宿へ、この国際連盟委員を招待し、アルコールランプで、鶏のすきやきをこしらえ、馬車に並んでのって、モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)市中見物のお伴をした。とりは大変かたかった。

正月、大使館のひとに逢ったらジェネ※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)の宮島氏からことづかったものがあると、一つの小さい紙包みを渡された。あけて見たら、白い四角い箱が出て、中の薄紙には、アンリー・ブランの金の時計が入っている。私は意外でうれしいのと恐縮したのとで、顔を赤くした。「蛙の目玉」の著者は、あなたでも小僧にかっぱらわれる位抜けたところがあるのが面白いから、この間のとりのお礼にあげます、と書いていられるのであった。