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ばんきく

晩菊

林 芙美子

「別冊文藝春秋」文藝春秋、1948(昭和23)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,998 字 · 32 页

青空文庫

指環をはめていない手が絹ハンカチのように頼りないほど柔い。きんは手の先きにある力をじっと抜いて、息を殺していた。力の抜けている手は無性に冷たくてぼってりと柔い。田部の酔った眼には、昔の様々が渦をなし心に迫って来る。昔のままの美しさで女が坐っている。不思議な気がした。絶えず流れる歳月のなかに少しずつ経験が積み重なってゆく。その流れのなかに、飛躍もあれば墜落もある。だが、昔の女は何の変化もなく太々しくそこに坐っている。田部はじいっときんの眼をみつめた。眼をかこむ小皺も昔のままだ。輪郭も崩れてはいない。この女の生活の情態を知りたかった。この女には社会的の反射は何の反応もなかったのかもしれない。箪笥を飾り長火鉢を飾り、豪華に群生した薔薇の花も飾り、にっこりと笑って自分の前に坐っている。もう、すでに五十は越している筈だのに、匂うばかりの女らしさである。田部はきんの本当の年齢を知らなかった。アパート住いの田部は、二十五歳になったばかりの細君のそそけた疲れた姿を瞼に浮べる。きんは火鉢のひき出しから、のべ銀の細い煙管を出して、小さくなった両切りをさして火をつけた。