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ばんきく
晩菊
林 芙美子
「別冊文藝春秋」文藝春秋、1948(昭和23)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,998 字 · 32 页
田部が、時々膝頭をぶるぶるとゆすぶっているのが、きんには気にかかった。金銭的に参っている事でもあるのかも知れないと、きんはじいっと田部の表情を観察した。広島へ行った時のような一途な思いはもうきんの心から薄れ去っている。二人の長い空白が、きんには現実に逢ってみるとちぐはぐな気がする。そうしたちぐはぐな思いが、きんにはもどかしく淋しかった。どうにも昔のように心が燃えてゆかないのだ。この男の肉体をよく知っていると云う事で、自分にはもうこの男のすべてに魅力を失っているのかしらとも考える。雰囲気はあったにしても、かんじんの心が燃えてゆかないと云う事に、きんは焦りを覚える。「誰か、君の世話で、四十万ほど貸してくれる人ない?」「あら、お金のこと? 四十万なンて大金じゃないの?」「うん、いま、どうしても、それだけ欲しいンだよ。心当りはない?」「ないわ、第一、こんな無収入な暮しをしている私に、そンな相談をしたって無理じゃないの……」「そうかなア、うんと、利子をつけるが、どうだろう?」「駄目! 私にそンな事おっしゃっても無理よ」きんは、急に寒気だつような気がした。板谷との長閑な間柄が恋いしくなって来る。