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くらがりのおとまつ

暗がりの乙松

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1936(昭和11)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,992 字 · 25 页

青空文庫

「それから、ここに三十両ばかりござんす、こりゃあ博奕で儲けた金、けっして御迷惑にはなりませんから、どうかお遣い捨てなすっておくんなさい」

「まあお前さん、そんなことを」

慌てて嘉兵衛が出て来るのを、三次は素早く二三間とび退いて、

「蔭ながら、御繁昌を祈ります」

と云うとそのまま踵を返して百合畑の中へ、逃げ込んで来ると、梅田屋の乙松は――杉林のはずれに腕組をして佇んでいた。

「親分――じゃあねえ梅田屋さん」

三次の眼は活々と輝いている、「あっしゃあ、生れて初めて、腹の底からさっぱり致しました。お前さんにも子分にしてくれと頼んだが、改めて今取消しだ」

「――ふふ、そうかえ」

「会わねえ昔と思っておくんなさい、これでお別れ申します」

「どこへ行くんだ」

三次は答えずに歩きだした。

梅田屋はその後姿を見送っていたが、――嘉兵衛親娘の歓喜する声を聞くと、にっこり頷いて杉林を出る、足早に三次の後を追いはじめた。丘の上の道は左へ曲って、修善寺へ通う裏街道へと続いている――中天へ昇った月がよく冴えて、道傍に咲いている雨降り牡丹の花が、白く夢のように浮いて見えた。

「どこへ行くんだ、若いの」