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くらがりのおとまつ

暗がりの乙松

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1936(昭和11)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,992 字 · 25 页

青空文庫

「どこへ行くって?」

三次が足を止めた、「どこへ行くもんか、これから三島の御番所へ自訴して出るんだ」

「一年や二年じゃ帰れねえぞ」

「五年が十年でもいい、おらあ立派に年貢を納めて綺麗な体になってくるんだ、おらあこれから新規蒔直しに始める気だ、あばよ」

「未練はねえか」

「冗談じゃあねえ、おらあ嬉しくって何だか足が地に着かねえくれえだ。お前にゃ来いとは云わねえが――まあ達者でいなせえ」

振切るようにして三次が行こうとする、梅田屋はそのようすを覓めていたが、

「ちょっと、ちょっと待った」

と呼止めた。

「まだ何か文句があるのかい」

「餞別を忘れていた」

梅田屋は紙入を取出して、そのまま三次の手へ渡す。

「若いの――」

と容を改めて云った、「お前さんの改心は本物だ、そこまで腹が定ったら今さらお仕置を受けるまでもない、わずかばかりだがその金を持って京へお出で、蛸薬師下る所に桶屋がある、武蔵屋政吉という家だ、そこを訪ねて行けばお前さんを立派な堅気にしてくれるだろう、牢屋で五年お勤めをする気で、みっしり桶屋を稼ぐがいい、――分ったか」

言葉つきまでがらりと変った相手のようすを、訝しそうに見返った三次。