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ダーク・ミニスター
暗黒公使
夢野 久作
「新作探偵小説全集 全九巻」1933(昭和8)年1月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 214,561 字 · 420 页
それは白襟に黒紋附の礼服姿の女が、乱れかかった縮れ毛の束髪をがっくりとうなだれたまま、扉の鴨居から床の上まで長々と裾を引きはえて吊り下がっているのであった。扉を開けた拍子に動いたらしく、青い静脈を透きとおらした両手を、すこしばかり左右にぶらぶらさせていたが、それも間もなく動かなくなってしまった。
その顔を見上げていたゴンクール氏の舌が微かにふるえ出した。髪毛が一本一本に静電気を含んだかのように立ち上り初めた。その口を開いたままの咽喉がひくりひくりと動き出し、やがてぐるぐると上下したと思うと、遠い凩に似た声が、氏の全身の力を絞って戦き出た。
「……ノブコ……シ……ム……ラ……」
その声がまだ消えないうちに室中を震撼する大音響が起った。青ペンキ塗りの扉がぴったりと閉まったのだ。ゴンクール氏が閉めたのだ。続いて今一つ別の大音響が起った。女の前の丸卓子がゴンクール氏の足の下で横たおしになった。その上からけし飛んだ珈琲器の一群が、左手の扉に跳ねかかって切るような悲鳴をあげた。
その悲鳴を蹴散らしながら、その扉を垂れ幕ごと引き開いて、外に飛び出そうとしたゴンクール氏は又も……ウウウ……と締め殺されるような声を出して背後によろめいた。