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あさのかぜ
朝の風
宮本 百合子
「日本評論」1940(昭和15)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,605 字 · 31 页
爺さんの顔も手足もかさかさと乾いているとおりその住居のなかも乾きあがって、僅か数本の古蝙蝠傘があるばかりの有様だ。
東京ではごく生活の逼迫した区域にどうしてめでたいような派手なような名をつけるのだろう。たとえば富ケ谷だとか富川だとか旭とか、日の出町だとか。
附近の地図でいうと、下駄の歯入れやはそこから斜めうしろに拡っている何百戸かの苦しい世帯の最前列で、真向いに建ったコンクリートの塀の内側へのめり込むことだけはやっと数尺の距離でもちこたえているという風な活計であった。扇の骨のような奥ひろがりの路地へ入ると、傘をさした人一人やっと通れるほどの間隔で、箱のような家々が密集していた。家々の庇合いにはあらゆる種類の洗濯ものと内地人や半島人のかみさんたちと子供たちと病人とが動いているのであった。
空っ風がひどくその町を吹きまくった。向い風にさからって歩く女たちは云い合わせたように前かがみになって、ショールで口元を覆うた。改正道路まで戻ったとき、急に鋭い汽笛の音で顔をあげると、行き止りが線路の柵で、その下をごとごとと貨車がのろく動いて行った。貨車の屋根に雪が載っていることがあった。