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あさめし

朝飯

島崎 藤村

「芸苑」1906(明治39)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,926 字 · 6 页

青空文庫

尺八を買わないうちに食って了っては不可よ。」

「はい食べません、食べません――決して、食べません。」

と、男は言葉に力を入れて、堅く堅く誓うように答えた。

やがて男は元気づいて出て行った。施与ということは妙なもので、施された人も幸福ではあろうが、施した当人の方は尚更心嬉しい。自分は饑えた人を捉えて、説法を聞かせたとも気付かなかった。十銭呉れてやった上に、助言もしてやった。まあ、二つ恵んでやった。と考えて、自分のしたことを二倍にして喜んだ。五月――寂しい旅情は僅かに斯ういうことで慰められたのである。

しばらくして、水汲みから帰って来た下女に聞くと、その男は自分の家を出ると直に一膳めしの看板をかけた飲食店へ入ったという。其時自分は男の言葉を思出して、「まだ朝飯も食べません。」と、繰返して笑った。定めし男の方でも自分の言葉を思出して「説法は有難いが、朝飯の方が尚有難い。」とかなんとか独語を言い乍ら、其日の糧にありついたことであろう。

(一九〇六年一月「芸苑」)