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あさかのみやでんかにじしてみなみアルプスのたび
朝香宮殿下に侍して南アルプスの旅
木暮 理太郎
「中学生」1923(大正12)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,765 字 · 26 页
頂上の茶屋に着いたのは十一時であった。鰍沢から約三時間半を費したのみで、そう遅い方ではない。殿下から早速冷い水にひやしてあったサイダーを一本宛頂戴して、昼飯にする。途中頂上に近い路傍に、白花蛇苺の群叢があって、誰摘み採る人もないか、無数の紅熟した実が葉隠れに覗いている。一度これを味わったことのある人には、空しく見過せないであろう。食後引き返して、其中の大きなもの五、六十を択び、殿下のお目に懸けたところ、山の物のお好きな殿下は殊の外のお喜びで、「これはよい味だ」と仰せられ、「外にも生えている所があるだろうかね」とお尋ねになる。それで武田君と同行した時、屏風の小屋の附近で採食したことがあったのを思い出し、そのことをお答え申上げて置いた。二十六日に駒ヶ岳から下山の際、注意してそのあたりを探すと、草はあったが実は一つもなかった。ここは登山者が多いので、誰かに摘まれてしまったものらしい。それで其趣を言上すると、殿下はお笑いになって「それは残念でしたね」とのお言葉であった。
茶屋の前に立って視界の開けた東の方に眼を放ったが、ところどころ日のさしている富士川の流が脚の下に俯瞰されるのみで、午下の空には積雲がむくむくと湧き上り、富士川を始め御坂山塊や天子山脈の山という山は、既に雲に掩われていた。