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みらいのてんさい
未来の天才
豊島 与志雄
「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,630 字 · 38 页
私は徒らに宝を抱いてるのみであるような気がして、ともすると焦れったく苛ら立ってきそうな気持ちになりながら、室の中に寝転んだり、街路を歩き廻ったりした。何にも手につかなかった。始終彼女のことばかりを考えていた。余り思いつめてると、胸が激しく震えて苦しくなった。
私は彼女を恋してるのに違いなかった。それと意識しないで恋したのだ。そうでなければ、あの時あんな風になる筈はなかったのだ。
あの時――それは朝から妙にむし暑い日だったが、夕方になって急に冷々としてきて、ぱっと明るい残照の後すぐに暗くなってしまった。かく薄暮の明るみのない慌しい夕を、私は薄気味悪く眺めていたが、夕食後暫くして、妙に夢幻的な気持ちになって、ふらふらと散歩に出た。
夢幻的な気持ちの直接の原因は、煙草の煙だった。私は煙草を吹かしながら、何気なくその煙の行方を見守っていた。すると、いつも上の方へ舞い上ってゆく煙が、その時はどうした調子か、一尺ばかり上まで立ち昇って、ゆらゆらと崩れるかと思うと、横へ平たく拡がってゆき、その末がなだれ落ちる恰好に捲き返して、そのまますっと消えていった。そんなことは珍しかった。