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みらいのてんさい

未来の天才

豊島 与志雄

「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,630 字 · 38 页

青空文庫

それでも、静子の家の門をくぐって、その座敷に通された時、私は初めて、自分が重大な瀬戸際に臨んでることを感じた。身体の筋肉が方々、ぴくぴく震えてきた。いくら落付こうと努めても、益々苛立ってくるばかりだった。

其処へ静子の父が出て来た。私は頭をがんと一つ殴られたような心地がした。一人でに頭が下って、どうしても眼が挙げられなかった。私は膝の上に両の拳を握りしめて、じっと唇を噛んだ。

「木川さんですか。私が静子の父です。」

そういう重々しい声が響いた。私はただ、焦茶の地に鼠色の格子がはいってる座布団と、痩せた膝をくるんでる蚊絣の着物とだけを見た。

暫く重苦しい沈黙が続いた。

「実は、あなたが下すったあの進物について、一寸お尋ねしたいことがあって、お呼びしたのですが……。」

そんな風に云い出されて、私は真赤になってしまった。何とか云いたかったが、言葉が喉につかえて出なかった。

「静子はあなたを未来の天才だと云っていましたが、その自信を持っていられるのですか。」

問いが余りに意外だったので、私は思わず顔を挙げた。半白の長髯に包まれた見覚えのある顔が、私の方を眺めていた。