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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ

東山時代における一縉紳の生活

原 勝郎

「藝文」京都大学文学部、1917(大正6)年8月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,142 字 · 134 页

青空文庫

けれど、養祖父実清の官歴はさまでに貴くなかった。養曾祖父とても同様である。しかして槐位まで達し得たかの公保すらも、その在職極めて短くして辞退に及んだ。これは家格不相応の昇進をなした場合によくあることである。つまり今日いわゆる名誉進級という格だ。また実隆の親類を見渡すにあまりに高貴な家は少ない。母は甘露寺家の出で房長の娘親長の姉である。妻は勧修寺教秀の女で、実隆の子公条の妻もまた甘露寺家から嫁入りをしている。要するにその一族の多くは、今の堂上華族中の伯爵級なのである。それらからして考えれば、実隆の生家というものは、公卿の中で中の上か上の下に位すべき家筋であるのであって、この家柄のよいほどであるという点は、すなわち実隆をもって当時の公家の代表者として、その生活を叙すると、それによって上流の公家の様子をも窺い、あわせて下級の堂上の状態をも知らしめることができる所以なのである。もし当時において誰か一人の公家を捉えてこれを叙するとすれば、実隆のごときはけだし最もよき標本であろう。のみならずかかる叙述をなすにあたっては、なるべく関係史料の豊富な人を択ぶ必要があるのに、幸いに実隆にはその認めた日記があって今日までも大部分は保存されてあり、足利時代の公家の日記としては、最も長き歳月にわたり、かつその中にある記事の種類において