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ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ
東山時代における一縉紳の生活
原 勝郎
「藝文」京都大学文学部、1917(大正6)年8月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,142 字 · 134 页
も最も豊富なものの随一であるという便がある。当人の日記がすでにかようの次第である上に、なおこれを補うべき史料としては、実隆の実母の弟甘露寺親長の日記もあり、また実隆の烏帽子子であった山科言継の日記もある。相当に交際のあった坊城和長の日記もある。また公家日記以外にも、その文学上の関係からして、実隆についての記事は、連歌師の歌集やら日記等に散見していること少なくない。かかる事情は研究者に多く便宜を与うるものであり、したがって予をして主題として実隆を選択せしめた重なる理由の一つになるのだ。しからばそれら史料の利用によらば、実隆その人が目前に見えるように理解され得るのかというに、なかなかそうはゆかぬ、はがゆい事はなはだしい。しかし十分ならぬ史料からして生きた人間を元のままに再現することは、化学的成分の精密に知れている有機物を、人工で以て作り上げるよりも、さらにむずかしいこと勿論の話であるからして、その辺は読者の諒察を仰ぐ。
三条西実隆は康正元年に生れ、天文六年八十三歳をもって薨じ、その日記も文明六年すなわちその二十歳の時からして、天文四年すなわちその八十一歳の時に至るまで、六十一年間のことを書きとめてある。