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とうようがくじんをおもう
東洋学人を懐う
大隈 重信
「早稻田學報 第百五十七號」早稻田學會、1908(明治41)年3月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,531 字 · 7 页
双手を取られたより惜しく思った
新聞事業の方では我が党は京阪地方に五、六の新聞を興し、矢野文雄、島田三郎の諸氏がこれを経営された。書籍といい新聞といい、これはいずれも自己の主義主張を天下に鼓吹し、同志を集めてこれを覆い、同時に多くの収入を得て、即ち一挙両得の利を占めんとしたのであるが、これらの書籍や新聞の議論は、当時の豪傑連が読む様な高尚なものばかりで、世人の多くは全く没交渉、それらに付きて盲目同然であったから、予想したほどの結果は挙がらなかったのである。
双手を取られたより惜しく思った
それから小野君は銀行の利を説き、銀行事業は人の金で人を利し、また自己も利益を得る方法であるといってその設立を主唱し、ついに我輩等が賛成して、壬午銀行というものを設立した。然るにこれも間もなく失敗して終った。また小野君が主となって、石炭は文明の原動力であるから石炭を供給して文明を助け、反面に巨利を得るという趣旨から、炭鉱事業にも手を出してみたが、これも着々失敗に終ったのである。
なにぶん一発の弾丸で二羽の鳥を撃とうとしたのであるから、一羽も取れずに終ったのである。かくの如く小野君は、その涵養せる新智識と独得の才気を以て各種の事業を企て、大部分失敗に終ったが、この新たなる経験を利用して将来大いに為すべき望みを持ちながら、不幸にも夭折してしまった。